【時計選択学・実践編】私が手放した「傑作」たちと、残された「8つの結晶」。

前回の記事では、コレクションを「純化」することの重要性をお話ししました。

しかし、理屈では分かっていても、実際に愛着のある時計を手放すのは、身を切られるような思いがするものです。

「なぜ、あんなに欲しくて買ったのに手放すことになったのか?」

「それは『失敗』だったのか?」

今回は、私自身の過去のコレクション遍歴を振り返ります。

私は時計選択学のウォッチナリティ総合診断テストにおいて「求道者(知性×規律)」タイプに分類され、現在はPhase 4(確立)の段階にありますが、かつてはPhase 2(拡大期)の真っ只中で、数多くの時計を買い、そして手放してきました。

カルティエ、グランドセイコー、ロレックス、チャペック……。

世間的には「上がり」と言われる時計たちを、なぜ私は手放したのか。そして、その痛みを伴う純化の果てに、どのようなコレクションが残ったのか。

時計を愛するすべての方へのリスペクトを込めつつ、私個人の「主観的宇宙の進化」の記録をお話しします。

1. ライフスタイルの変化と「ツールウォッチ」の役割終了

【手放した時計】

  • セイコー プロスペックス ダイバーズ(同デザイン色違いで5〜6本)
  • チューダー ブラックベイ 58 / GMT / 41mm(複数本)

時計趣味に没頭し始めた当初(Phase 2)、私はこれらの「ツールウォッチ」に熱狂していました。200m防水というハイスペック、シンプルで力強いデザイン。価格のアクセシビリティも手伝って、色違いで何本も揃えていました。

当時の私の服装は、デニムにTシャツ、スニーカーといったカジュアルが中心であり、私の「物理的活動域(P)」において、これらは最適解だったのです。

【手放した理由】

私のスタイルがよりドレッシーに移り変わり、ジャケットスタイルを好むようになるにつれ、ダイバーズウォッチが持つ「屈強なツール感」と、私の「主観的宇宙(なりたい自分)」との間に、役割の違いが生じてきました。

時計自体は素晴らしいデザインと実用性を備えていましたが、それらは私の腕元から卒業していったのです。

2. 「素材の美学」との対話

【手放した時計】

  • ロレックス サブマリーナー(青サブ・ロレゾール)

ブルーダイヤルとイエローゴールドのコントラスト。その圧倒的な華やかさと歴史的正統性に惹かれて購入しました。青サブは、間違いなくダイバーズウォッチの最高峰の一つであり、多くの愛好家にとっての憧れです。

【手放した理由】

所有してみて初めて気づいたのは、私自身の「求道者」としての極端な傾向でした。

ロレゾール(コンビ)の魅力は、金とステンレスが織りなす「調和」にありますが、当時の私の心は、よりストイックな「素材の純粋性」を求めていたのです。

ステンレスならその冷徹さを、ゴールドならその温かみを、それぞれ純度100%で味わいたい。

この時計が持つ「華やかな調和」は私には眩しすぎたのかもしれません。時計の完成度とは無関係な、私自身の内面的な好みの変化による決別でした。

3. 「ドレスウォッチ」への渇望と収斂

【手放した時計】

  • グランドセイコー 62GS現代デザイン(SBGH297 / SBGH315)

「銀座グリッド」や「スカイブルー」といった特別な文字盤、そして美しいザラツ研磨。規律の中に遊び心がある、素晴らしい時計でした。62GS特有のケースラインは、日本の美意識の結晶と言えます。

【手放した理由】

これらを手放した理由は、私の中で「ドレスウォッチ」への志向が極限まで高まったことに尽きます。

GSの自動巻ハイビートは最高の実用時計ですが、当時の私の手首は、より薄く、より手巻きの感触に近い、クラシックなドレスウォッチを渇望し始めていました。

「自動巻の実用性」よりも「手巻きの儀式性」を優先したい。その主観的な優先順位の入れ替わりが、私を次なる選択(薄型手巻きモデル)へと導きました。

4. 時代の徒花と「実験」の終了

【手放した時計】

  • チャペック アンタークティック(白・40mm)
  • オメガ スピードマスター プロフェッショナル(白) / FOIS
  • カルティエ サントス ドゥ カルティエ(MM)

ラグジュアリースポーツの潮流に乗って手にしたチャペック、普遍の名作であるスピードマスターやサントス。いずれも客観的には非の打ち所がないマスターピースです。

【手放した理由】

これは、いま思い返せば、Phase 2における「高度な実験」だったといえます。

所有することで、ラグスポという流行の正体や、普遍的名作が持つ重みを理解し、その上で「今の自分の宇宙には、この要素は必要ない」という結論に至りました。

特にサントスのような「完璧な優等生」を手放したのは、私が「調和/バランス」よりも、もっと極端に突き詰めた、「自分だけの偏愛(主観的な幸福)」で時計を選ぶ領域に足を踏み入れた何よりの証だったといえます。

結論:純化の果てに残った「8つの結晶」

数々の出会いと別れ、そして痛みを伴う純化を経て、私の手元には今、以下の8本が残されています。これらは、私の多面的な人格を支える「究極のチーム」です。

【静寂と規律の象徴(ドレス)】

  • Patek Philippe カラトラバ5196
  • Grand Seiko SBGW003

かつて自動巻GSを手放した私がたどり着いた、手巻きドレスウォッチの極北です。薄さ、静寂、そして歴史。これらは私の「求道者」としての魂のアンカーです。

【知性と複雑性の象徴(コンプリケーション)】

  • A. Lange & Söhne Lange 1 Moon Phase
  • Breguet Tradition 7027
  • チャペックなどで求めた「機械的な美しさ」は、より古典的で深淵なドイツ時計とブレゲの伝統へと昇華されました。

【実用と冒険の象徴(ツール・スポーツ)】

  • Rolex GMT Master II 126710BLRO (Pepsi)
  • Bvlgari Aluminium Bronzo Chronograph
  • 数多のダイバーズウォッチを経て、私の「旅」と「実用」を支えるのは、このアイコニックなGMTと、異素材の遊び心を持つブルガリに収斂しました。

【建築と歴史の象徴(アーカイブ)】

  • Credor Locomotive GCCR999
  • Omega Museum Collection No.8

ジェラルド・ジェンタの遺産と、オメガの歴史的ピース。これらは流行とは無縁の場所で、私の知的好奇心を満たし続けてくれます。

あなたの「Phase 4」を目指して

ご覧のとおり、紆余極性を経て、私の今のコレクションに至っているのです。

多くの時計を買い、実際に生活を共にし、「何かが違う」という違和感と向き合い続けた結果、削ぎ落とされて残ったのがこの8本なのです。

手放した時計たちは、決して「失敗」ではありません。

それらは私に「自分の好み(主観的宇宙)」の輪郭を教えてくれた、尊い教師でした。

もし今、あなたがコレクションの整理に迷っているなら、自分に問いかけてみてください。

「この時計は、今の私の宇宙とどういう関係があるのだろうか?」と。

仮に手放すことになっても、それは、喪失ではありません。

それは、あなたが自分自身をより深く理解し、あなただけの「結晶」に出会うための、美しき過程なのです。