【時計選択学・実践編】「アバンギャルド」という名の「伝統」。私がブレゲ・トラディション(Ref.7027)を選んだ、パラドキシカルな理由
――カラトラバを持つ私が、あえて「クラシック」を選ばなかった必然。Breguet Tradition Re-profiling

- 1. 第1章:37mm径 ~時を超えた捜索~
- 1.1. 1. サイズという「物理的真理」
- 1.2. 2. 2005年への回帰
- 1.3. 3. 福岡からの招集
- 2. 第2章:なぜ「クラシック」ではなく「トラディション」か?
- 2.1. 1. 聖域との競合(カニバリズム)回避
- 2.2. 2. アバンギャルドの皮を被った「正統」
- 2.3. 3. 「スースクリプション」の末裔
- 3. 第3章:リ・プロファイリング ~ハイエックの遺言~
- 3.1. 1. 買収後の最高傑作
- 3.2. 2. ウォッチナリティ判定:【構造の審美家 (The Structural Aesthete)】
- 3.3. 結論:この時計の正体
- 4. 【編集後記】
時計愛好家にとって、ブレゲという名は特別な響きを持ちます。 時計の歴史を200年早めた天才、アブラアン=ルイ・ブレゲ。その深淵なる歴史への憧れは、私の中にも常にありました。
しかし、憧れだけで時計は買えません。 私の手元にはすでに、絶対的な聖域であるパテック フィリップ「カラトラバ(5196)」が存在します。 この王道ドレスウォッチと共存し、かつブレゲの魂を最も濃厚に味わえる時計とは何か?
長い探求の末、私が辿り着いたのは、現行モデルではなく、20年前の「初代トラディション」でした。 今回は、この一見奇抜な時計に秘められた「正統なる血統」と、運命的な出会いの物語を綴ります。
第1章:37mm径 ~時を超えた捜索~
1. サイズという「物理的真理」
ブレゲへの憧れを形にするにあたり、最大の壁となったのは「サイズ」でした。 現行のトラディションやクラシックの多くは、時代の流れもあり38mm〜40mmへと大型化しています。さらに独特の長いラグ形状も相まって、私の腕への収まりは理想的とは言えませんでした。 私が求めたのは、小径。ドレスウォッチとして最もエレガントで、私の腕に吸い付くような黄金比です。
2. 2005年への回帰
リサーチの結果、2005年に登場した初代トラディション(Ref.7027)こそが、求めていたもの(37mm径)であることを突き止めました。 しかし、相手は約20年前にリリースされたモデル。状態が良く、付属品が揃った「完品」を見つけるのは至難の業です。
3. 福岡からの招集
運命の日は突然訪れました。 出張先で何気なくチェックした、普段はノーマークの時計店の新着情報。「ブレゲ トラディション 7027」の文字。 掲載された写真は、研磨痩せもほとんどない、極めて美しいオリジナルのコンディションを保っていました。 即座に連絡を取り、福岡にあったその個体を大阪へ取り寄せ、対面。想像通りのクオリティに、私は迷わず決断を下しました。
第2章:なぜ「クラシック」ではなく「トラディション」か?
1. 聖域との競合(カニバリズム)回避
ブレゲの王道といえば「クラシック」コレクションです。ギヨシェ彫り、コインエッジ、ブレゲ針。その静寂な美しさは完璧です。 しかし、冷静に自己のコレクションを見渡した時、そこにはすでに「カラトラバ」という絶対王者が鎮座しています。 「クラシック」を迎え入れれば、役割がもろに被ってしまう。
2. アバンギャルドの皮を被った「正統」
そこで浮上したのが「トラディション」です。 一見すると、ムーブメントを文字盤側に露わにした、奇抜でアバンギャルドな時計に見えます。「人とは違う個性を主張したい人のための時計」という偏見すら持たれかねません。 しかし、研究を深めるうちに、その認識は根底から覆されました。
3. 「スースクリプション」の末裔
この独特な顔立ちは、奇をてらったものではありませんでした。 かつて初代ブレゲが、時計事業立て直しのため、貴族だけでなく市民にも時計を普及させるために作った一本針時計「スースクリプション」。そのムーブメント配置(香箱を中心にしたシンメトリーな構造)を、そのまま文字盤側に再現したものだったのです。 名前は「トラディション(伝統)」でありながら、見た目は「前衛(アバンギャルド)」。 しかしその中身は、紛れもなくブレゲの起源そのものである。 このパラドックス(逆説)的なネーミングと哲学に、私は完全に魅了されました。
第3章:リ・プロファイリング ~ハイエックの遺言~
この時計を深く理解するためには、もう一人の偉人の存在を語らねばなりません。 スウォッチグループを率いたカリスマ、故ニコラス・G・ハイエック氏です。
1. 買収後の最高傑作
1999年のブレゲ買収後、ハイエック氏は自ら陣頭指揮を執り、ブランドの再興に情熱を注ぎました。普段はデザインに口を出さない彼が、このトラディションに関してはコンセプト作りから深く関与したと言われています。 買収前の傑作が「クラシック(ダニエル・ロート等の功績)」だとすれば、買収後の新生ブレゲの象徴は、間違いなくこの「トラディション」です。
2. ウォッチナリティ判定:【構造の審美家 (The Structural Aesthete)】
- 【Ⅰ. 求道者】: その意匠の全てが、200年前のアーカイブ(スースクリプション)に基づいているという歴史的正統性。
- 【Ⅲ. 構築者】 : ムーブメントを反転させ、可視化するという構造的な革新。
- 【Ⅳ. 表現者 (The Artist)】:ふつうの時計では裏側にあり見えないムーブメントを表にレイアウトする自由な発想と表現。
結論:この時計の正体
定義: 『新しい伝統』
ブレゲ トラディションは、ただのアバンギャルドな時計ではありません。 それは、ブレゲの魂(ムーブメント)を体現した、最も純粋な、そして新しい伝統の姿です。 37mmという凝縮された小宇宙の中で、テンプが鼓動し、パラシュート耐震装置が機能する様を眺める。 それは、初代ブレゲと、彼を愛したハイエック氏、二人の天才の情熱と対話する時間なのです。
【編集後記】
カラトラバとトラディション。 この2本は、私のコレクションの中で「静と動」「隠す美学と見せる美学」として、完璧な対比を描いています。 あなたのコレクションにも、一見奇抜に見えて、実は深い歴史を持つ「語れる一本」を加えてみてはいかがでしょうか?


